ランニングという趣味の集大成

 昨年度、教育現場を離れ、一時的な転職をしてから僕はランニングを始めた。今の職場はデスクワークがほとんどであるし、もちろん、部活動もない。何か体を動かすことをしないとまずいと思った僕は、一番簡単に始められて、一人でもできて、比較的お金のかからないスポーツ―それはランニングしか思い浮かばなかった―を始めた。
始めたときは、1km走るだけでも苦しかったのだが、継続していくうちに少しずつ苦しさを感じなくなり、走ることができる距離も伸びていき、それと同時に走ることが楽しみにもなった。
 走ることが楽しみになった頃に僕が考えたのは、一時的な転職期間である2年間のうち、フルマラソンを完走できるようになろうということだった。学校現場に戻ったら間違いなく、ランニングをする余裕なんてない。一度始めたことのゴールとして、フルマラソンに出場し、完走する―それを目標とした。
 
 ところで、熊本県においてランニングを趣味としていれば、ランニングをしていない人たちから必ず「熊本城マラソンに出るの?」と訊かれる。これはほとんど決まり切った文句である。しかも、「出ないです」と言うと不思議そうな顔をされることが多い。「出ます」や「出たことあります」と言えば、納得した表情をする。そのくらい、熊本県においては「ランニングをしている人=熊本城マラソンに出場する人」という図式が出来上がっている。ランニングの大会は熊本の中でも数多くあるというのに、まだ歴史の浅いこの大会の知名度はかなりのものである。
 そのため、僕は熊本城マラソンに出場することにした。福岡マラソン東京マラソンのような他地域のマラソンでは駄目なのだ。熊本県民である以上、熊本城マラソンに出場しないといけないのだ。今後の会話を面倒なものにしないためにも。
 
 2年でフルマラソンを完走するという目標は、それほど難しくないゴールであると思う。個人差はあるが、半年や1年で完走できる人もいるだろう。だけど僕は、スローステップの方が性に合っていると思ったし、2年間の集大成という意味で適当だろうと考えた。
 1年目のゴールは、ハーフマラソンを完走するという目標にした。まず11月に10kmのレースに出場し、そして2月にハーフマラソンに出場した。ハーフマラソンは、大会当日に初めて21kmという距離を走ったこともあり、残り3kmでスパートをかけるどころか大幅に失速した。それでも完走はできたし、タイムは満足のいくものだった。1年目の目標は無事に達成することができた。
 今年度に入り、フルマラソンに向けた練習を始めた。本格的に練習を始めたのは、当初の予定より遅くなり、9月だった。途中段階として、11月にハーフマラソンを走って、その後の練習に気持ちよくつなげようと思ったが、結果的にこのハーフマラソンは大失敗だった。10km手前で異常なほどの疲労を感じ、3~4回は歩いてしまった。タイムも初出場のハーフマラソンより大幅に遅かった。
 これを機に、大会当日までの詳細な練習計画を立て、目標タイムも設定した。3時間30分以内。これは、フルマラソン初挑戦のタイムとしては難しいものかもしれないと思ったが、不可能ではないと思い、設定することにした。
そして、練習内容も変えた。平日に走る距離を伸ばし、筋トレも定期的に取り組んだ。週末のロング走の距離も徐々に伸ばしていき、年末には初めて30kmを走った。これは相当しんどかった。走り終わった後、これにプラスで12kmも走ることができるのかと思った。
 しかし、年が明け、2度目の30km走をしたときに、1度目ほどの疲れと足の痛みがなかった。これが経験と成長というものかと思った。
 それから、ロング走の距離を35kmまで伸ばし、先週、大会に向けた練習を終えた。1週間前のこの週末は疲労を溜めないためにロング走をしないことにした。

 

 フルマラソンと同じ距離は一度も走っていないが、30km以上の距離を数回走ったことで、少しずつ自信もついてきた。熊本城マラソンで難所と言われる熊本西大橋とゴール手前の坂も2回ずつ実際に走った。タイムも、35km走で2時間46分。残り約7kmでよほどペースダウンしなければ、3時間30分以内のゴールは可能だ。いろいろなサイトを調べると、30km走くらいがフルマラソンの練習に適切だという。走ったことのない距離を走れるのかという不安な気持ちもあるが、あとは当日の気合いと沿道の応援の力を借りるしかない。
 体もすいぶん絞ることができた。今の職場に来たときに比べ、体重は約6kg減り、それまでに履いていたほとんどのパンツのウェストがゆるくなった。
 また、このタイミングで吉と出るか凶と出るかわからないが、迷いに迷った挙げ句、先週、シューズを新調した。幸い、前のシューズで感じていた走行中の足の裏と足首の痛みがなくなった。ただ、慣れるための時間としては短い。本番でどうなるかはわからない。

 

 今のところ、当日の天気は雨らしい。雨の日に走ったことはほとんどないので、どのような影響がでるか想像つかない。できる対策はして、あとは運任せという感じになる。少しでも小雨であることを願うしかない。

 

 この大会が終われば、今のようなランニングを続けるつもりはない。先にも書いたように教育現場に戻れば、間違いなくそんな余裕はないだろうし、もし、戻らないとしても、フルマラソンはもう十分だ。フルマラソンの練習をすると、土日のどちらかは半日潰してしまう。趣味が多く、生まれたばかりの子どもや妻のことを考えると、そこまでの時間を割くわけにもいかない。ランニングをするとしても、10km程度で十分であるというのが今の正直な気持ちだ。もしかしたら、それでは物足りなくなるかもしれないけれど。

 

 11月に立てた練習計画を完璧にこなすことができたわけではないが、ここまで練習してきたことに対してはそれなりに満足している。準備は整ったという気持ちになっている。今週は疲れを溜めず、そして気持ちを高め、当日を迎えたい。最初の、そして最後になるであろう熊本城マラソン。気持ちよくゴールする自分を想像して―