熊本城マラソン2020参加録 その3(レース前半編)

 熊日30kmロードレースの号砲が鳴った9時に、僕はポンチョを脱ぎ、マスクを外し、小さく丸めた。
 そして、9時02分、熊本城マラソン2020はスタートした。スタート直後、手に持っていたポンチョとマスクを、ゴミ袋を持っていた沿道のボランティアスタッフに渡して走り出した。
 ある程度予想したとおり、スタート直後は思うように走れなかった。5:30/kmくらいだった。それでも、Bブロックのランナーだから、スピードを上げていくだろうと思ったが、明らかに遅いランナーもいる。序盤は抑えるつもりなのかもしれないが、そのスピードでこのブロックに入らないでくれと思うランナーが多く見られた。序盤のペースがあまりにも遅いと、あとからの挽回が難しくなるため、僕は人の間を縫うように走った。
 自分のペースで走れるようになったのは電車通りから産業道路に入った後だった。理想とする4:30/km〜4:40/kmのペースになった。アップは全くしていないが、体の調子は悪くないと思った。
 最初の坂である平成大通りの陸橋は練習どおりに難なく上った。上り坂ではスピードが落ちる人が多いが、僕は落とさないように走る練習をしてきた。順調なスタートだった。
 ただ、誤算だったのが給水である。僕は事前にどこの給水所で給水しようか決めていた。水分は、多くても少なくてもいけない。これまでの練習どおり、約30分に1回のペースで給水することを決め、そのタイムのときにおおよそ何番目の給水所に差し掛かるかを覚えておいた。
 最初の給水所は、15分過ぎだったため、パスした。しかし、このときの給水所の様子を見て焦った。番号が記されていないのだ。僕は「第〇給水所で給水」という覚え方をしていた。それならば、だいたいのタイムで給水するしかないと思ったが、このような想定外の事態というのは、気持ちを不安にするものだ。
 
 熊本城マラソン最大の難所と言われる熊本西大橋もスピードを落とすことなく上りきった。10kmのタイムは45分30秒。悪くない、いや、少し速すぎるかもしれないと思った。
 橋の最高地点は大変風が強く、帽子が飛ばされそうになった。これから海が近づくと、この強風の影響は大きいだろうと思った。
 アクアドーム手前から飽田エリアに入った先は未知のコースだった。ここから先は一度も走ったことがない。公式HPのコース紹介で見る限り、高低差も大してないので、特に走る必要はないと思っていた。
 ここからは道幅がぐっと狭くなり、沿道で応援をしてくれている人たちの距離も近くなる。前評判どおり、応援がすごい。見ず知らずの僕に対して、老若男女、いろいろな人が声を掛けてくれる。一つ一つの応援に応えるわけにはいかないので、心の中で「ありがとうございます」と思いながら走る。「とぎれない感動」―それは、この悪天候の中でさえも生まれる素晴らしい光景だった。川尻中心部での応援には涙が出そうになった。

 ほぼ高低差はない平坦な道だったが、車ですら一度も来たことがない道だったため、どの方角に向かって走っているのかもわからなくなった。目印となるような建物は何も見えない。
 しかし、おそらく西に向かって走っているのだろうと思うときがあった。風である。飽田エリアに入る直前と同じような、強烈な向かい風が吹き付けるときがあった。そのときは今は西に向かっているのだと思った。
 時折、顔を上げれないくらいの風が吹いた。顔に雨粒が打ち付けられ、帽子が飛ばされそうにもなる。近くに他のランナーがいるときは少しでも風にあたらないようにするため、真後ろについて走った。

 雨は降ったり止んだりを繰り返し、風も吹き付けたが、順調に走っていた。21kmのタイムは1時間35分44秒。昨年のいちごマラソンのゴールタイムに近い。これは明らかにハイペースだろうと思った。しかし、一度つくったペースを落とすのは難しい。シューズも随分と濡れていたが、天候によるそこまでの影響を感じていなかった僕は、このままいけるのではないかと思った。しかし、やはりそう甘くない。練習してきたことしかできないのが長距離走だ。本番で急に魔法が使えるわけではない。以後、僕は苦しみを味わうことになる。