熊本城マラソン2020参加録 その5(ゴール後編・了)

 ゴール後は、誘導に従い、帰路に着くだけだと思っていた。しかし、ここでの運営側の対応が今大会の酷評を生むことになった。
 
 足元はひどくぬかるんでいた。痙攣を起こしそうになっていた僕の足には堪えるくらいのぬかるみだった。極力、泥水を避けて歩きたいと思うのだが、それが全く不可能なほどぬかるんでいた。慎重に歩かないと転倒してしまうかもしれないと思った。
 誘導に従い、タオルや蜜柑、バナナ、パンなどを受け取り、完走証を発行してもらった。パンは受け取ってすぐに食べた。エイド各所で結構食べたにも関わらず、すぐに口に入れたくなってしまった。さらに、味噌汁も配布され、それを胃の中に流し込んで、少し暖をとることができた。ここまではスムーズだった。
 次は荷物受け取りだった。自分が預けた番号の場所に行くと、多くの人が待っており、ボランティアスタッフが番号や名前を呼んでいた。どうやら、待っているランナーに関係なく、預けられた荷物を渡そうとしているだけだった。この方法では明らかに非効率だった。運営側としては、申告タイムがほぼ同じランナーだから、同じ時間くらいにゴールすると思っているのかもしれない。しかし、実際のゴールタイムはバラバラなのが現実だろう。番号を呼ばれても受け取りのなかった荷物は地面に置かれ、それらの荷物は無惨にも雨に打たれ、泥水の侵入を許していたものもあった。
 幸い僕は、たまたま僕が受け取りに行ったタイミングで呼ばれた。待っている人たちには申し訳ない気持ちになったが、その人たちの前に出て荷物を受け取った。
 その荷物を持って更衣所に向かった。更衣所として設置されていたテントの中に入った瞬間、暖かさを感じた。ストーブが焚かれていたのだ。これは大変有り難いと思った。しかし、既に多くのランナーでスペースは埋まっていた。一見すると、着替えるスペースなどない。こういう場合は大抵、入り口から遠いところの方が空いていると思って、一番奥まで行ってみたが、結果は同じだった。外で待とうかとも考えたが、体も随分冷えてきていたし、これからもっと多くのランナーがゴールすることを考えると、ここで待つ方がまだマシかと思った。
 5分ほど待った後に、近くの人が一人着替え終えたため、そのスペースに入り、着替えた。足元にはブルーシートが敷かれているが、当然の如く、濡れている。僕は替えのシューズも持ってきていたのだが、ここで足が濡れるなら意味がないと思って、結局、替えのシューズは使わなかった。
 身震いしながら何とか着替えた。出発時は気温が高かったため、それほど厚手のアウターを着てこなかったのだが、念のために裏起毛のインナーを1枚持ってきていて正解だった。ここまで気温が下がるとは思っていなかった。
 テントから出て、スマートフォンを見ると、妻からメッセージが届いていた。家で待っていると言っていたのに、会場に来ているという。すぐに妻に電話し、お互いの場所を確認しながら落ち合った。
 それから、妻に傘で雨よけをしてもらいながらストレッチをした。初めは屈伸すらできないほどの痛みだったが、徐々にその痛みは和らいでいった。ストレッチの最中、僕は半ば興奮した気持ちで妻にレースやゴール後の様子を話した。妻の腕に抱かれた娘は眠たそうな顔をしていた。そして、妻が車を停めた駐車場まで歩いた後、車に乗って帰路に着いた。

 

 翌日の職場でもいろいろな人に、初めてで、しかもあの天候の中で、そのタイムでゴールできたことはすごい、と頻りに言われたが、僕の中では、初めてとか悪天候とかの条件はどうでもよく、ただただ、達成できると思っていた自分の目標タイムをクリアすることができなかったことが悔しい。実力不足―そう反省し、僕のフルマラソン挑戦は幕を閉じることにする。来年度、学校現場に戻らないならば、もしかしたらまた挑戦するかもしれない。それは今のところ何とも言えない。とりあえず、今のところは終わりにするということである。
 最後になるが、悪天候の中、応援や運営をしてくれた人たちには感謝しかない。何の報酬もないのに、自分のことを顧みず、見ず知らずの他人に尽くす―自分の目標を達成することしか頭になかった僕にはできそうもない。本当に、本当にありがとうございます。どれだけ、対応が悪いとか批判されても、少なくとも僕は、大会を支えてくれたスタッフの人たちには何の文句も言えない。ただただ、感謝の気持ちだけだ。「ありがとうございます」の一言だけでは伝えきれない思いを胸に―